究極の奥義の書が実は白紙な件

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突然ですが、カンフーパンダをご覧になった方はたくさんいらっしゃると思います。
このカンフーパンダの中で、伝説の戦士こと「竜の戦士=ドラゴンウォーリアー」になるには、最高レベルのカンフーを身につけた上に、究極の奥義が書かれた”竜の巻物”を読む必要がある、という設定があります。

オチからいうと、この巻物は、実は白紙なんです。

これ、単なるストーリー上の設定ではなくて、ちゃんとした深〜い理由があることに気付きました。

道を極めるということ

日本では昔から、茶道、剣道、武道、書道、、、色々な「道」に例えられ、様々な作法が道として極められる文化があります。

守破離という言葉もありますが、まずはその道の型を忠実に守り、そしてその型を破り自分に合った型を作り、そして最後は型から離れ、自在になるというもの。

最後の自在になるという意味は、単に型にハマらず、自在に技を繰り出すという意味。もう一つの意味は、技そのものから離れ、技を使わずとも達人の領域に達するということ。
このもう一つの意味の、「技そのものから離れる」という領域が、かなり奥が深い。

例えば、武術の達人が、「戦いそのものを避ける」というような表現であったり、剣の達人が「剣すら持たず相手と闘う必要すら生じさせない」という、技の次元を超え、所作や在り方、態度そのもので本来望ましい形に収めるという表現を、誰しも聞いたことがあるんじゃないでしょうか。年老いてなお最強的な。

その領域に達する為には、いきなりそのような達人の領域に達することはまず無理なのですが、達人の粋に達するための究極の奥義とも言える、そのようなレシピやノウハウがあったら、絶対みんな知りたいですよね。

そこで「究極の奥義の書」の出番な訳ですが、既に白紙というオチを付けているので、それを説明しますね。

在り方はインストールできない

違う例え話なのですが、以前に農業系の講演に参加した際に、匠トマト農家の人の話があったのですが、その匠トマト農家さんは、糖度計などを用いずとも、甘いトマトを瞬時に見分け、出荷基準を満たすトマトだけを正確に収穫する選別能力があるそうです。

その方がどのような視点で普段トマトを収穫しているか、専門のアイトラッキングシステムを使って、視点を測定したそうで。そうすると、一般的な人はトマトそのものを凝視するような視点の動きなのですが、匠の場合はあまり視点が定まっていなかったそうです。なんとなくぼんやりと全体を見るような、無駄な目の動きもなかったという話を聞きました。

ただし、何故匠がそのような視点を持つのか?それがどう選別する能力に関係しているのか?は結局の所良くわからないのですが、多分これこれこういうことだろう、という話だったのですが、結局、科学的に測定しても、なぜ匠が匠足りえるのか明確な理由はわからないんです。違いがあることはわかるけど、その違いの理由はわからない。匠にしかわからない。ノウハウ的にインストールしたり、人に聞いて教わる領域のものではないんです。

それが、例えば武術に置き換えると、最初は型を覚え、技を身につけ、そして何度も何度も反復して体に技を染み込ませる。そうすることで、少しずつ達人の粋に達する為の自分なりの「態度や在り方」が育まれる。

達人の領域に達する為に必要なこと。それは技を極めるという道を、一歩一歩み、自分自身と対峙しながら作られる「態度や在り方」を極めるプロセスが必要なのです。

そして、自分なりの型を作り、最終的には型をも離れられるとき、その「態度」なり「在り方」が、気づいたら達人の粋に達している、という。結果的にその達人の粋に達することが出来ていた、というだけであり、そのプロセスの中でしか、「究極の奥義」は培われないという訳ですね。

そして、やっかいなのが、その「態度」なり「在り方」は、技を通じた鍛錬を通してしか身につかない。前述した通り、インストールしたり教わるもの、秘訣があるものでもない所。ここがミソですね。

最後は「技」そのものが抜けたとしても、「態度」なり「在り方」は残る。年老いた剣の達人が剣を取る必要が無く、剣を置いても達人の状態というのが、この状態です。

「態度」なり「在り方」そのものが究極の奥義なのですが、それは伝えらるものではない。なぜならその人自身が、技や鍛錬を通じて自分と向き合って培うものだから。書けないし、仮に書いてあったとしても身につけられない。だから白紙なんです。

こういう洞察を踏まえて、ストーリー設定をしているドリームワークスはほんとにすごいなーと。ブログにいつか書きたいと思ってたのですが、やっと書けた。

普段の仕事とかに置き換えてみるといいかも

説教じみて申し訳ないんですが、僕自身は、目からウロコだったので、シェアしたくてブログに書いてみました。

これから新たに仕事に就く人とか、新社会人になる人とかに置き換えて読んでもらっても良いと思います。

普段の仕事を通じ、何を身につけられて、自分の今後にどう役立つのか。この視点があれば自分が関わる全ての事柄に、無駄なことなんて何一つないという視点に立つことができます。その視点を持つのか、それとも持たないのかで、半年後、1年後、5年後、10年後の結果は、きっと大きく変わっていくことでしょう。

ホントにやりたい事じゃなかったら思い切って辞めたらいいと思うのすが、今目の前にある仕事が、たとえ自分にふさわしいと感じられなかったとしたら、仕事そのものへのフォーカスではなく「この仕事を通じて身に付けるべき自分の態度/在り方があるからこの仕事がある」と、思ってみるのも良いのかもしれませんね。

仕事を教える立場の人においても、教えらる領域と、教えられない領域というのがあるよね、ということですね。

人から教えられることって、実は簡単に調べられる時代になり、逆に昨今では教えられない領域がどんどん大きくなっていくなー、という実感もあり。なので、僕から仕事をちゃんと教えてもらえないなーと感じる人がいたとしても、そういう理由があるんだということを受け取って欲しいと思います。はい。

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